社長の寄稿実績

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「人はよいときより悪いときに真価が問われる」

PHP出版社刊 トップが綴る「わが人生の師」(書籍)

 創業まもない頃に、同地域で注文住宅を専門に実績をあげていた住宅会社が倒産した。当初、この一報にふれた私は競合相手に対して自分の運の強さを感じる程度だったが、知人からの電話で他人事ではなくなってしまった。それは同社のN社長が、お客様へ迷惑をかけまいと、仕掛り中の現場をなんとか完成させるために協力者を探しているという内容だったからだ。

 N社長の求めに応じ、私が指定された場所へ出向くと、例に倣えば倒産状況下では表に出ないはずのN社長がヨレヨレの作業着姿で待っていた。とても穏やかに低めの声で、「いやぁ、お恥ずかしい話でこのありさまです。何もかも失くしてしまいましたが、こんな私でも最後までまっとうしなければなりません」

 熱いものが体の芯からこみあげてくる。決して最後まで逃げない姿勢に胸を打たれ、自分自身が経営者として覚悟が決まった瞬間になった。

 こうして出会ったN社長との数多くあるエピソードのなかから一つを紹介する。

 請負契約金の一部として預けた100万円を返してほしいと執拗に電話してくるという自営業の建主を当社へ連れてきたときのことだった。N社長が返せなくなった預り金を差し引いて、当社が工事を完成させるという提案だった。その建主は、最初のうちは冷静に説明を聞いていたが、「ふざけるな、倒産した会社の社長を信用できるわけないだろう」と、捨て台詞を吐いて席を立った。茫然として肩を落とすN社長を気づかいながら、私は建主さんのあとを追いかけて言った。「待ってください。あなたも経営者なら、苦しい状況下でもN社長が逃げずに向き合っていることを評価してくださいませんか。」今思うと、あのようなことをよく言えたものだと恥ずかしくなるが、翌日よい回答を頂戴し、弊社の設計施工第一号物件になった。

 世の中は成功者ばかりにあやかったり、模倣したりという風潮が強いが、人の本性が見えるのは最もつらく厳しいときではないだろうか。当時、新米社長だった私は、今でもあのときのN社長の葛藤とぶれることがない姿勢を忘れられず、人生の師としている。

清水 康弘

トップが綴る「わが人生の師」 2013年11月12日発行 PHP研究所

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